京都奈良ぼっち旅行記「庭の旅」4日目「京都御所から奈良平城京へ」

いにしえの都で歴史浪漫に触れる旅

最終更新日:2017年8月16日

4日目
本来であれば、京都から奈良に移動するのは拝観時間が終わった夜がいつもの手順。
そうすれば移動時間が無駄にならない。
でも今回は御所西ホテルがこの日しか予約できなかったのことがある。
早朝に移動する方法もあるけど、折角だから昨日行けなかった京都御所に行くことにした。
ついでに移動途中にある城南宮と一休寺にも行く計画。

京都御所

京都御所は一般公開されている。
入り口では手荷物検査。




池の汀(州浜)


紫宸殿(ししんでん)
明治天皇、大正天皇、昭和天皇の即位の礼がここでおこなわれた


お車寄



珍しい松明垣。
屋根までついているのはめったにみない。
御所にふさわしい垣根。

約1時間堪能して、烏丸線で移動。
途中の竹田で下車して城南宮へ。

城南宮

京都から奈良に向かう途中にある城南宮
白河天皇がこの地に鳥羽離宮をつくったことで城南離宮とも呼ばれる。

参道の鳥居
実はよく見ると珍しい鳥居で、「神明鳥居」のうち「城南宮鳥居」という種類の鳥居の本歌。
普通の鳥居は掘立柱ですが、ここは柱が礎石の上に乗っています。
上部も屋根が葺いてあり、島木には神紋が打ち付けてある。

城南宮は庭園と曲水の宴で有名。
庭園は、「昭和の小堀遠州」こと大作庭家の中根金作 作庭。
例のランキングで有名になった足立美術館庭園も中根金作の作庭。

庭は「平安の庭、室町の庭、桃山の庭、離宮の庭」とあって、かなり面白いです。
お庭に興味が出てきた人は是非行って欲しい庭園。















日差しが強くて連日20km以上歩いて疲れた。

城南宮の近くには鳥羽離宮南殿跡もあって、ここは鳥羽伏見の戦い(戊辰戦争)が勃発した地でもある。
足を運んでも、現在は碑と池があるだけの公園。
特に面白くはないです。

疲れたので、一休寺に行くのはやめて、そのまま平城宮へ。

平城宮跡

大和西大寺で降りて徒歩約10分。
平城宮跡に着く。
みるべきところは、復元された太極殿と朱雀門、平城宮跡資料館、平城宮跡遺跡展示館と東院庭園。
あとはだだっ広い野原です。

平城宮跡資料館

まずは到着してすぐ近くの「平城宮跡資料館」。
おそらく社会科見学で来ていた小学生の方々に混じり、興味深くみていきます。
平城宮のことだけではなく、現代に入ってからどのように発掘し、研究し、復元していったのか、といった興味深い資料も展示されています。



1300年前の生活を再現したエリア。
畳はまだありません。
正倉院に畳の原型のようなものが収められていましたが、ゴザのようなものだったみたいです。
平安時代には貴族等権力者が座るところにだけ畳を敷くように。

平城宮に勤めていた役人が使用していた机や棚。
現代のものと変わりません。というか充分おしゃれ。
板目をみると杉板みたいですが、当時も杉を使っていたのでしょうか。
ちなみに、この時代にはまだ大鋸が発明されておらず、「木の板」を作るのは大変な作業でした。
木目にそって板を割り、槍鉋(やりがんな)等で削って板を作っていました。
今はこの技術を持つ人はいないそうです。
展示されているのは明らかに機械で製材した板なので、出来れば当時の技術のママで再現して欲しかったです(もしそうだったらごめんなさい。凄い。)。

こちらは唐招提寺の改修前後の模型。
現在みる唐招提寺は改修された姿。
平城宮の時代にはまだ「小屋根」をつくる技術がなかったので、屋根の勾配は緩やかでした。




大極殿(第一次大極殿)

2010年に復元された第一次大極殿。
私が以前ここに訪れたときにはまだ復元が完成されていなかったので、はじめて訪れました。
実は平城京は710年から784年まであったのではなく(平安京が794年なのは皆さんご存じですが、784年から10年間は長岡京が首都でした)、740年から745年は恭仁宮、難波宮、紫香楽宮へと遷都されていました。
745年にこの地に帰ってきたときの大極殿が第二次大極殿となります。

資料はほとんど残っていないので、復元は大変な作業だったようです。
発掘調査や残っている同時代のほかの建築物から推定してこの形となりましたが、個人的にもかなり本物に近いのではないかと思います。
この横幅は44メートルもある。

中に入ることもできて、中にはいくつか資料が展示されています。
これは天皇が座る高御座。

欄干にはカラフルな宝珠が。


大極殿からみた朱雀門

朱雀門

歩いて朱雀門へ。
なんと平城宮跡には線路が横切っています。

これは朱雀門からみた大極殿



朱雀門のまわりは工事中。
平城宮跡の整備はまだまだ途中。
これからも見どころが増えていきます。

平城宮跡遺構展示館

資料館のほかにもう一つ展示館があります。
こちらにもミニチュア模型や資料が展示されています。

なんといっても、実際に発掘した跡がそのまま展示されている点が凄い。
通常は発掘調査が終わると保存のためにそのまま埋め戻します。
まさに、遺構を展示している場所です。

遺構展示館を出てすぐには当時の宮内省を再現したところもあるのでお忘れなく。

平城宮東院庭園

草原を歩いて東院庭園へ。
ここも初来訪。
今回平城宮跡にきた目的のひとつ。
2010年に国の特別名勝に指定。
「続日本紀」にも出てくる場所で、迎賓館として利用されていたようです。
数十年の発掘調査を経て復元され、一般に公開されるようになりました。
所轄は宮内庁ではなく文化庁。
歴史文化的に非常に重要な庭園ですが、一般の方がみて「すごい!」とはならないでしょう。
さきの記事にもちょっと書きましたが、世界遺産や国宝や特別名勝は観光地ランキングではないという典型例かもしれません。


法華寺

平城宮跡で見るべき所はすべて回ったので、すぐ近くにある法華寺へ。
いくつもりはありませんでしたが、時間があまったのと、普段非公開の庭園を特別公開しているので行きました。

法華寺は法華寺式の国宝十一面観音で仏像好きには有名なお寺。
名勝庭園は杜若で有名で、この季節にしか公開されません。


ほか今回は、国宝に指定されたばかりの「維摩居士坐像」も拝観できました。
所蔵されている文殊菩薩騎獅子像は、文字菩薩が出張中で、獅子だけいつもの場所に展示されていました。
これは珍しい。主のいない獅子像。
この旅に来る前に、東京は三井記念美術館の「西大寺展」で、この獅子に乗る文殊菩薩さんを見ました。
主である文殊菩薩と獅子を別々に見るというレアな体験。
面白い偶然でした。

海龍王寺

ここは最初から来たいと思っていた。
目当ては五重塔。
日本の五重塔で最小です。わずか4メートル。
天平時代の建築物がそのまま遺されている非常に貴重な建築です。
屋内にあるので建築扱いされないことが多く、そうなると最小の五重塔は室生寺五重塔となります。
でも、奥州の金色堂も今はコンクリートの覆屋の中にありますし。
文化財登録も「工芸品」ではなく「建築物」となっています。

美しい

海龍王寺を出ると、近くの古墳をみに歩く。
古墳をちょっとみて、奈良中心部へ。
昨晩ネットでなんとか予約できたビジネスホテルJR奈良駅前。
ここからJR奈良までは歩くしかない。。

歩いた・・
タクシー通らないし。。

ビジネスホテルで早めに就寝。

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